堀ひろ子という友人/aheadアーカイブス vol.93 2010年8月号

1970〜80年代にかけて、バイクでの世界一周ツーリングや女性だけのバイクレースを主催し、自らもレースに参戦していたカリスマ女性ライダー、堀ひろ子。彼女に魅了されたカーライフ・ジャーナリスト、まるも亜希子が5回にわたり、堀ひろ子から学んだメッセージを綴る。(「ahead」2010年8月号より転載)

堀ひろ子(1949〜1985年)/女性ライダーの草分け的存在。'76 年当時、女人禁制だったロードレースに界に自ら出場し女性参戦の道を切り拓いた 。レースとともに、世界一周ツーリング('75年)や にサハラ砂漠縦断('82年)、女性向けバイク洋品店「ひろこの」 経営など精力的に活躍。著書も多数残している。(写真:原 富治雄)


Vol.4:「ドラマを感じたね」ー 原 富治雄


 ふざけてるのか本気なのか、事実なのかフィクションなのか。その風変わりな“あとがきのようなもの”という彼女の文章を読んだ時、私は完全にマイッタと思った。堀ひろ子の著書『オートバイのある風景』のエンディング部分である。それによると、彼女は撮影のため出掛けた山道で、カメラマンと編集者の乗るクルマに続いて50 ccのバイクを走らせていたところ、突如現れた2匹の野犬に今にも襲われそうになったらしい。そこは上り坂で、非力なバイクはなかなかスピードがのらず、逃げようにも逃げられない。前のクルマに必死で助けを求めたが、2人は彼女を見捨ててさっさと行ってしまったという。「この恨みは一生忘れまいと心に誓った」と彼女は怒りをあらわにし、続いてカメラマンと編集者それぞれによる、再現シーンの“証言”が入る。どちらも、自分は堀さんを助けようと言ったが、相手が取り合ってくれなかった。だから助けられなかったのだ、などと弁明するのである。 


 この裏話的なドタバタ劇を、自分の著書を締めくくる大事な部分に綴る。そこから強く感じたのは、きれいごとを並べて自分を良く見せようなどとしない、彼女の飾らなさだった。もしかすると、本編で背伸びをした分の、照れ隠しでもあったのかもしれないと思う。 それをここまで大胆に、バッサリとやってのけた彼女に、私は親しみをおぼえると同時に、尊敬すべき同性であることを再確認したのだった。 


 そしてその時、私は文中に登場したカメラマンの名前に驚いていた。もとは自動車雑誌の編集者だった身として、知らないわけがないが、会ったことはなかった。 '90年代後半にはすでに、小娘編集者 からすれば別世界にいるような、巨匠と呼ばれるカメラマンだったからだ。だが彼女は、著書でこう紹介している。「私のような不器用な被写体を長いあいだ撮り続けてくださった名カメラマン、原 富治雄さんにお礼を申し上げます。彼とは古いつきあいで、なにかと無理なことをお願いしているカメラマンです。ふだんはへらへらと冗談ばかり言ってるくせに、いったんカメラを手にすると人格が 一変します」。


 原 富治雄さんといえば、F1だ。日本メーカーでは唯一、ホンダがウイリアムズ・ホンダとして参戦するようになった 80年代から、 F1を撮り続けてきたという歴史的なフォトグラファーである。ゆえに原さんはF1写真の第一人者と呼ばれ、昨年をもってその活動から引退した際は、惜しむ声があちこちから聞こえたものだ。 


 そんな原さんがとらえた堀ひろ子は、どんな女性だったのだろう。 雨のレースが好きだと公言する、原さん独特の視点も知りたくて、 都内のカフェで原さんに会った。


「ヒロコと初めて会った時の印象は、握手をしたら、ずいぶん手の大きな女性だなぁって。 '75年、'76 年、ヒロコが世界一周ツーリングに行く前だったか、行ったあとだったか」。 


 この時はそれほど会話を交わさなかったが、『モトライダー』の取材で再会した。「あの雑誌の取材って、今じゃ考えられないですよ。 真冬の北海道に 50ccのバイクを何台も持ち込んでテストするだの、 著名なライダーを集めて24時間ぶっつづけでテストするだの。無謀でしょ? でもその分、みんなの年齢が近かったこともあって、すごく仲良くなりましたね」。


 被写体としての彼女は、視線を外したり背を向けたり、いわゆる「ニコパチ」ではない姿の美しさが、がぜん強烈で惹き付けられる。 これは原さんの指示なのだろうか、事前に打ち合わせでもしたのだろうか。


「彼女との撮影はね、そういうのは何にもないの。好きなように走るから、好きなように撮ってね、という感じでね。場所のリクエストもないし、雨が降ったらそれはそれでいいじゃない、って」。 だから彼女には不自然に作っている姿がなく、コロコロと色々な表情を見せてくれるのだという。 


「作っている表情というのはすぐ分かりますよ。そういう人は、パターンが限られるから、すぐ撮り飽きてしまう。でもヒロコは違った。いつまででも撮っていたい。そう思える女性だったんです」。


 意外なことに原さんは、走りにはまったく興味がないと言う。F 1の魅力は人間ドラマだ。それがあったから撮り続けてこられたのだ、と言い切る。だとすれば彼女からもまた、原さんはドラマを感じていたはずである。


「ヒロコは、本当はずっと変わらなかった人。だけど、世間で求められるものはどんどん変わっていって、そのギャップが広がっていってしまったのかな。あの野犬の時だってそうでしょ。世界一周なんてものすごいことをやり遂げた人が、あんなことで怖がって、 真剣に怒ってるんだもん、こっちはおかしくてたまらないよ。そういう飾らないところ、素直なところ。変わらなかった素晴らしさ。 それがヒロコにはあったよね」。 


 成長していくことと、変わっていくこととは、違うのだと気付いた。強さともろさ、美しさと醜さ、本音と建前。変わらない人は、 それが同居している姿を隠さない。そこに、人を惹きつけるドラマが生まれるのではないかと、改めて彼女の横顔に想ったのだった。


ーーーーーつづくーーーーー


原 富治雄 ◉ 1950 年、東京生まれ。会社勤めの傍ら写真の専門学校に通い、 卒業と同時に広告代理店のカメラマンに。二輪を中心に広告用写真を手掛ける。 その後フリーとなり、'79 年にヨーロッパ開催の F1 を初取材。'84 年からは本格的に F1 の取材活動を始め、ドライバーたちの姿をフィルムに収めてきた。 2009 年、日本 GP を最後に 30 年間撮り続けた F1 取材活動を休止。 その集大成として、フィルム撮影による写真集『SILENT CIRCUS 』(三樹書房)を発表した。

文_まるも亜希子 、写真_原 富治雄 <aheadアーカイブス vol.92 2010年7月号> 


<著者プロフィール> 

まるも亜希子/Akiko Marumo 

自動車雑誌編集者を経て、カーライフ・ジャーナリストとして雑誌やトークショーなど多方面で活動中。 04、05年にはサハラ砂漠2500キロを走破する女性だけのラリーに挑戦、完走を果たした。 また04年に女性として初めて、ハイブリッドカーで耐久レースに参戦、完走。現在も毎年のライフワークとしている。 


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