東南アジアを旅したことがある皆さんなら「トゥクトゥク」という乗り物、ご存じだと思います。それとは運賃交渉制の三輪タクシーのこと。エネルギッシュなごみごみしたマチナカではコンパクトな車体を活かし、タクシーよりずっと素早く動けます。
風を切って走るスピード感がオートバイと似ているので、バイク乗りの私はその乗り物、大好き。ドアも窓もないので空気はちょっと悪いですが……。
客席の屋根はビニール生地で、派手なカラーリング。装飾がギラギラしている車両もあります。それと同じようなギラついた目のドライバーは、こちらが旅行者だと思って法外な運賃を吹っかけてくる……。トゥクトゥクといえば、そんなイメージではないでしょうか。私は10代後半から20代いっぱい、東南アジアばかり旅していました。ドライバーとの交渉は慣れたモノ。地元民とほぼ同じ運賃でどこにでも行けるのがちょっとした自慢です。
時代は変わった
そんなトゥクトゥク、オートバイで客席を引っ張るゴテゴテしたタイプしか知らなかったのですが、今年の春5年ぶりに取材方々カンボジアの首都プノンペンを訪れてビックリ。インド製のコンパクトでシンプルな新型が主流になっていました。電気で動く車両もあります。しかもスマホアプリから呼べて、行き先も指定。支払いは登録してあるクレジットカードで。なんて簡単! いちいち値段交渉しなくていいのです。いやぁ、時代は変わった!
その旅には息子を2人つれて行きました。当時5歳10か月と0歳10か月の兄弟です。仕事が忙しい夫は東京に置いてけぼりで。などという話を周りのヒトにしたら、幼子2人も連れて? しかもカンボジアで! 大丈夫なの!? と大いに心配されました。大丈夫なんです。だってプノンペンには、毎年実兄が春の間、花粉を避けて長期滞在しているのだから。また、彼の学生時代の後輩で、長くプノンペンに住むKさんもいます。
まぁナンとかなるだろうと、兄を頼ってかの地に飛んだわけです。が、フタを開けてみたら彼とうまいこと予定が合わず、滞在の半分以上は私たち母子で過ごすことに。つまりいま流行りの「ワンオペ」です。
がんばることをやめた
夫の帰りが遅いので、東京でも夕方から兄弟が寝るまでわが家は毎晩ワンオペ状態です。長男しかいなかったときは、料理とか節約とかそれなりに励んでいましたが、2018年5月に次男が生まれて以降、私はがんばることをやめました。
料理は食品宅配サービスを利用。最近は冷凍食品もバカにできません。掃除は機械に任せればOK! カンボジアではさらに手を抜いてやろうと夕飯は目の前の日本食屋で毎晩済ませ、テイクアウトしたものを朝食にいただきました。移動は例のトゥクトゥクです。
プノンペンに滞在中、兄弟は現地の幼稚園に預けていました。2ブロック離れた園に行くのですらiPhoneでピッ。東京だったら「なんてセレブな!」と驚かれそうですね(笑)。でも逆走車両がビュンビュン行き交い信号も少ないプノンペンで、幼子ふたり連れて歩くリスクを考えたらお安いモノです。実際、運賃は本当にお安くて、スグその辺だったら100円くらい。1時間近く走っても1000円とか。使わにゃソンソン、プノンペンのトゥクトゥクです。
けれど何回かドライバーと交渉したこともあります。ポケットWi-Fiが繋がらない田舎からの帰り道。はたまた、急にイオンモールでインターネットが不通になり、あたりを見渡すとネット難民は私だけでなく多くの人々も同様。ボーッとしていると帰れなくなるぞ! スグそこにいた装飾ギラギラの旧トゥクトゥクに交渉。ドライバーの表情が一瞬ギラ付きましたが、昔ながらのテクニックを使い、アプリから呼ぶ新型車両とほとんど変わらぬ値段で基地に戻ることができたのでした。便利な世の中になったといえ、東南アジアの旅では昔培ったアナログの嗅覚は必要だと思った次第です。
がんばらない生活に拍車がかかる
その旅から戻って4か月が経ちます。いつの間にか東京も、灼熱のプノンペンと同じような気候に。相変わらずがんばらない育児・生活は続いています。それにまさかの「タクシー」が加わり、夫からちくちく文句を言われているこのごろです。それにしても日本のソレはお高いですよね。スマホアプリから呼ぶと迎車両金もかかります。支払いのたびにカンボジアが恋しくなります。
国井律子/Ritsuko Kunii
1975年8月25日東京生まれ。旅のエッセイスト。玉川大学文学部芸術学科芸術文化専攻卒業後ラジオレポーターなどを経て二輪雑誌からエッセイストとしてデビュー。オートバイのほか旅、クルマ、サーフィン、アウトドアなど多趣味を生かしエッセイを執筆。著書に「放浪レディ」(求龍堂)、「アタシはバイクで旅に出る」(エイ出版)など多数。近著に「進化する私の旅スタイル」(産業編集センター)がある。