堀ひろ子という友人/aheadアーカイブス vol.89 2010年4月号

1970〜80年代にかけて、バイクでの世界一周ツーリングや女性だけのバイクレースを主催し、自らもレースに参戦していたカリスマ女性ライダー、堀ひろ子。彼女に魅了されたカーライフ・ジャーナリスト、まるも亜希子が5回にわたり、堀ひろ子から学んだメッセージを綴る(「ahead」2010年4月号より転載)。


堀ひろ子/女性ライダーの草分け的存在。'76 年当時、女人禁制だったロードレースに界に自ら出場し女性参戦の道を切り拓いた 。レースとともに、世界一周ツーリング('75年)や にサ ハ ラ 砂 漠 縦 断('82年)、女性向けバイク洋品店「ひろこの」 経営など精力的に活躍。著書も多数残している。(写真:原 富治雄)


Vol.1:36歳の出会い


 その人の名前を知ったのは、ほんの数ヵ月前のことだった。ベイブリッジにほど近いカフェテリアで、何か別の話題の合間にふと、 神尾編集長の口からこぼれ出た。 


 '70年代から '80年代に活躍した、「すごく美人の女性オートバイライダー」だと言う。ほぉと思ったが、正直なところ、その言葉だけでは私の心は反応しなかった。日本のモータリゼーションが急速な発展期にあった当時、そのような女性はどんどん増えていたのだろうし、そもそも「美人」とつく話には注意が必要だ。たいそうなことをやったように伝えられていても、取材してみると「男か金」がすべてお膳立てを整え、本人はその上でニッコリ笑って写真に収まっているだけ、というケースがいくらでもあった。落胆した経験は一度や二度ではない。 


 ところが次の話は、私の心を、すこし開かせた。


 '75年に大型バイクでの世界一周ツーリングを完走し、日本のバイクレースの規則書に書かれていた「参加は健康な男子に限る」と いう一文を変えさせ、女性で初めて参戦したのだという。それにとどまらず、女性だけのバイクレースの主催までしている。 


 私の好奇心が、この人のことをもっと知りたいと、うずきはじめていた。しかし、その反面、目の前に大きな海が広がり、そこへ向かって漕ぎ出そうかどうか躊躇するような、どこか心もとない気持ちを感じてもいた。いま思えばそれは、私の人生に大きな衝撃を与えるであろうという、かすかな予感だった。  


 帰宅するとすぐ、ノートに書きとめた「堀ひろ子」という名前を、 PCに打ち込んだ。あらすじを読んだ映画のオープニングを待つように、鼓動が速打ちしている。しかし、何かがおかしい。いくらやっても、期待したほどの情報は出てこない。あらすじより先のストーリーが、なかなか始まらないのである。たくさんの著書があることはわかったが、今はどれも新刊では手に入らない。どこか釈然としない思いが募った。結局、私がここで得た情報といえば、 '82年にサハラ砂漠縦断ツーリングを達成していること。「ひろこの」というバイクショップを経営していたこと。そして、もうひとつ。彼女が生涯を閉じたのは '85年4月30日で、奇しくも今の私と同じ、 36歳であったということだ。  


 それからしばらくの間、私は彼女のことを頭から追いやった。このまま忘れてしまおうかと思った。いや、本当は、怖かったのだ。 これ以上、彼女のことを知ってしまうと、もう二度と引き返せない気がした。いまの、ささやかだけれど充実して穏やかな日々に、大きな波がたつことを恐れていた。ただ、その一方で、生前の彼女を知る人にそれとなく印象を聞き出したり、古書となった著書を探して取り寄せたりする、裏腹の自分を止めることはできなかった。彼女のイメージは日に日に鮮やかになり、著書は机に積み上げられていく。ついに私は意を決し、その中の1冊である世界一周ツーリン グ体験記、『オートバイからVサイン』をバッグにしのばせ、クルマを走らせた。


 独りでいるのが好きなのに寂しがり屋で、大勢の中に独りでいるのが苦手な私は、クルマの小さな空間がもっとも心地よい。だからよく行くカフェもこぢんまりとしていて、あまりグループで騒ぐ客のいない、落ち着いた店だ。昭和通りの流れが見えるテーブルに座り、コーヒーをひと口ふくんで、ページを開いた。 


 活字からハッと顔を上げると、コーヒーはすっかり冷め、陽が傾いていた。時間に追われるだけの生活をしている私が、時間を忘れている。そのことに驚いた。意気投合、という言葉は、こんな場面にふさわしいだろうか。実を言えば、私は友だちが少ない。誰とでも仲良くなれるが、なかなか深く心を許すことができない。それなのに、そのとき私は、「友だちを見つけた」と思った。うれしかった。 こうして私の「堀ひろ子物語」は、ようやくオープニングを迎えた。 


 親子ほども生きた時代が違うというのに、何度も何度も、彼女の言葉に深くうなずいている自分がいた。モノクロ写真の美しい横顔 を、息を詰めて見つめてしまう。 


 そこには、豊かな黒髪に隠して誰にも見せなかったであろう、前を向こうと歯を食いしばる彼女が、確かにいた。


ーーーーーつづくーーーーーー

 堀ひろ子の著書。『サハラとわたしとオートバイ』(大和書房) 『オートバイのある風景』(二見書房) 


文_まるも亜希子 <aheadアーカイブス vol.89 2010年4月号>


<著者プロフィール>

まるも亜希子/Akiko Marumo 

自動車雑誌編集者を経て、カーライフ・ジャーナリストとして雑誌やトークショーなど多方面で活動中。 04、05年にはサハラ砂漠2500キロを走破する女性だけのラリーに挑戦、完走を果たした。 また04年に女性として初めて、ハイブリッドカーで耐久レースに参戦、完走。現在も毎年のライフワークとしている。 



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